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手料理という大切なツール

 正月に帰省すると、決まって煮豚やおでんなどの手作り料理を持たされる。お節料理に飽きたら食べられるようにと、年末に大きな鍋で時間をかけて作ってくれているのだ。その背景には、自分ならではの味を食べてもらうことで「喜んでもらいたい」「役立ちたい」といった気持ちが見て取れる。こうした意識は、都市生活研究所で行った高齢者の食空間調査(2008年10月実施)からも明らかになった。

 図1は65歳以上の高齢女性にとっての「料理意欲が湧くとき」を聞いたもので、最も多い回答が「別居の家族が遊びにくるとき」であった。高齢女性にとっての料理は、長年の経験から「やって当たり前」として日々行われているものの、子や孫の喜ぶ顔を想像すると料理意欲が高まることが分かる。子や孫の好きな手作りのコロッケ、揚げたての天ぷらを食べさせたいといった自由回答からも、普段はあまり作らないメニューで喜ばせようとする気持ちが伺える。


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 さらに、離れて暮らす家族のための手料理は、15分圏内に子どもが住む場合に特によく行われていることが分かった(図2)。しかも、子どもたちの家に手料理を持って行く姿も約半数の高齢女性に見られた(図3)。


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 近年、高齢の親世帯が子どもの支援や将来の不安のために、子世帯の近所に住宅を購入するといった姿が見られる。このような近居を前提とした親世帯のキッチンを考える場合は、普段は夫婦2人だけの「小さな家族」だとしても、実は「大きな家族」のために料理を行なっている実態を特に意識する必要があるだろう。さらに、高齢女性にとっての手料理はコミュニケーションだけでなく、自分のアイデンティティが確認できる大事なツール。高齢者のための空間設計では、とかく安全性だけが取り上げられることが多いが、よりニーズを深く読み取り、長い高齢期を豊かに住まうための提案が求められる。

荒井 麻紀子

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