インタビューインタビュー

自分のやり方を否定して、お客さまにとってより良い姿をめざしたい

都心の大きな通り沿いのバス停の前に、その八百屋はある。丸に旬と八が並んだロゴの入った暖簾は何となく懐かしくもあり、スタイリッシュでもある。店構えはシンプルなつくりで入りやすく、店員さんに話しかけてみると「○○はこうして食べるとおいしいですよ」と明るく答えてくれる。野菜の品ぞろえは定番から少し変わったものまでいろいろ。おいしそうなフルーツも豊富だ。その八百屋の名は"旬八青果店"。今、目黒や大崎など都心で多数店舗を展開している。新しいビジネスモデルとして、メディアに取り上げられることも多い。
青果ももっぱらネットで買う私の家でも「ちょっと野菜を買い足したい」「おいしい果物を食べたい」と思いたった時によく利用している。
今回は、食分野に精通している河村とともに、その旬八青果店の創業者である左今克憲さんにお話を伺うことにした。


 

「これを置いたらもっと売れるのに」~お客さまのためになることをダイレクトに実現したい

稲垣 早速ですが、左今さんが旬八青果店をはじめられたいきさつを教えてください。


20181105-1.jpg 左今 旬八青果店は、2013年10月から始めました。その前の段階は、営業代行兼コンサルをしていました。地方の農家や農業生産法人の東京営業部と思っていただき、月額のフィーをもらって活動していましたが、「こういう風に改善したほうがよいですよ」と提言してもなかなか受け入れてもらえなかったり、改善まで時間がかかってしまったり、また販路の面においても「これを置いたらもっと売れるのに」と思っても、バイヤーさんの意向でそれを実現できないということがありました。そうしてコンサルを続けていくうちに、直接販売するお店を自分でやったほうが、自分がお客さまのためになると思ったことがダイレクトに実現できるのではないかと考えるようになりました。


稲垣 そうだったんですか。八百屋と紹介させていただきましたが、既存の八百屋とは違うように感じられますね。


左今 そうですね。八百屋という業態に当てはめているものの、自分としては新しい小売りの形態、ニューリテールだと思っています。当時から青果だけでなく惣菜も販売していましたし、最近はお菓子も扱っていて、これを第三の柱にしたいと思っています。


河村 お菓子ですか?


20181105-2.jpg 左今 コンビニもそうですが、お菓子と惣菜って売上が高いんですよ。実際、自分たちが2013年に大崎のオフィスビルの地下にあるスーパーの青果部門を担当させてもらった時もそうでした。惣菜が6~7割、その次に多いのがお菓子でした。結構多くの会社員が一日一回以上、お菓子を買っていることがわかります。私も含めて。
それらを少しでも良くしていきたい。お菓子は地方のおいしいものを紹介したり、惣菜は、健康のために不足がちな野菜をできるだけとってもらいたい、料理をする人にはそのまま野菜を提供するんですが、その際、地域によって微妙に違うニーズに応えていきたいと思っています。

図 売っている惣菜を利用して料理を関便化することに抵抗はない


 

河村 お客さまのニーズや、業界の課題をどうやって把握されたのでしょうか。


左今 お客さまのニーズについては、マクロデータも見ましたが、一番は、自分が徹底的にお客さま目線で考え、買いたいものは何か、こうしたら買いたいと思うということを見出して、それを周りの人にも聞き、最後は実際に販売して試して、改善していきました。売る前は買うと言ってくれていても、実際売ってみると買ってもらえないものたくさんありました。


稲垣 実際の行動は事前の受け答えと違うというのはよくわかります。私たちも仕事柄、アンケート調査やインタビュー調査で、受容性の調査分析をするのですが、なかなか正確にはつかめません。嘘をついているわけではなく、アンケートで聞かれたときは「そうする」と答えていた人が、いざそのシチュエーションになると「そうしない」ということは多々ありますから。


左今 業界の課題としては、正規品が品薄で考えられないくらい高くなっている時にも産地では規格外品は捨てられていたりする実情がある一方で、小売業者は儲からないと嘆いています。歯車がかみあっていないだけだと強く感じました。今までを全否定するのではなく、その外れた歯車をかみ合わせることをしていきたいと思います。


 

『新鮮・おいしい・適正価格』~都市生活者に豊かな食を提供したい

稲垣 まずは、中目黒の店舗からはじめられましたよね。そこではお客さまのどんなニーズに応えていたのですか。カットフルーツも売っていたりしましたが。


左今 中目黒のお店は規制の中でできることからやりました。カットフルーツ、カット野菜は許可がいらないのでやっていました。カット製品だけでは味気ないのは分かっていましたが、味付けすると飲食業許可、もしくは惣菜加工許可などが必要になるんです。お客さま目線として、そこに一定のニーズはあるものの、やれるところからやって、並行して規制の障壁を取り除いていくしかありませんでした。


20181105-4.jpg 稲垣 はじめからやりたいことが全て実現できていたわけではなかったんですね。理想の姿でなくても、そこにも解決できるお客さまのニーズはありますし、やってみてわかることも多いですよね。
お客さまのニーズは地域ごとに微妙に違うとおっしゃっていましたが、それはどのように見極め、対応していますか。


左今 店長に裁量があって、日々の接客から感じ取ったものから決めていくボトムアップ型と、バイヤーサイドから、この地区にはこの青果が合うだろうという提案型があります。店舗とバイヤーがコミュニケーションをとりながら対応しています。



稲垣 そうした店長さんやバイヤーさんといった仲間をつくっていくにはどうしていったのでしょうか。



図 多少高くてもよい材料を使って料理することにしている


左今 人数が少ないうちは、ミッションである『未来に"おいしい"をつなぐインフラの創造』、社是である『食農業界の常識を疑い、新しい経済を創造する』を何度も語ることで引っ張っていきました。それが『新鮮・おいしい・適正価格』という旬八のコンセプトにつながるものでもありました。そのあと、人数が増えてからはそれに加えて、もっと細かい部分で働く人が働きやすい環境も提供してきました。


河村 この部屋の向かいには託児施設もありましたよね。


左今 そうですね。食事もまかないのお昼ご飯はタダです。自社のお弁当の味を社員にフィードバックしてもらっています。


河村 そうした原点として、左今さんご自身は、どうして起業しようと思われたのでしょうか。


20181105-6.jpg 左今 学生時代に、ちょうどホリエモンとかが出てきて、既存の考えの中で、新しい概念を取り入れたり、業界の常識を常識とせず、消費者の視点に立って問い直す姿がカッコ良くて刺激を受けました。社会活動ではなく、企業としてやっているのが素敵だと思いました。


河村 企業として活動するほうが良いと思ったのはなぜですか。


左今 企業として活動するほうが継続して取り組んでいけると考えたからです。社会活動だと一過性になってしまいそうで。そういう想いがあったから起業したのかもしれません。


 

『あなたとずっと 今日よりもっと』

稲垣 私どものコーポレートメッセージは『あなたとずっと 今日よりもっと』というものです。今まで続けてきた良いものは継承していくとともに、それ以上のものを生み出し、生活者により良いものを提供していきたいという意味です。左今さんにとっての『ずっと』『もっと』にあたるものは何ですか。


左今 『ずっと』守っていきたいものは、「変わり続ける」こと。旬八を続けてまだ5年しか経っていないのに、「このやり方が正しい」と評論する人がいる。そういう人はお客さんのことを見ていないと心底思います。自分のやり方に常に疑問をもって、ぜひお客さまにとってより良い姿の八百屋を示して欲しいと思います。


稲垣 『もっと』のほうはどんなことになりますか。


左今 『もっと』今より更に良くなりたいと思っています。結局、今話したことと一緒かもしれませんね。




 

火の料理は楽しい。その楽しさが実現できる環境を

稲垣 私どもはその名の通り、都市ガスと、最近では電気も売り始めたエネルギー会社です。左今さんから、エネルギー会社に期待することは何ですか。


左今 二つあります。一つは大きい話なのですが、東京ガスはインフラの大きな企業だと考えていますので、ライフスタイルの変化とともに柔軟に変化していってほしいと思います。


河村 われわれの最近の大きな変化といえば電気の販売を始めたことでしょうか。みなさんも、もしわれわれのサービスを気に入っていただけたら、ぜひ東京ガスの電気をお使いください。すこし前からはファミリーだけでなく、単身の方にもメリットがある料金プランも出ています。


左今 うちの社員にも話してみますので、提案してみてください。
もう一つは、より具体的な話で、火で料理ができる環境をしっかり整えて欲しいということです。東京ガスの方だから言っているわけではありませんが、自分は料理が好きで、火を使う料理が楽しいです。ですが、私が今住んでいるところにはガスコンロはなく、IHしか使えないんです。火を使う料理ができなくなると、料理をする人が減ってしまうのではないかと思います。煮込み料理しかしないとか。炒め物とかは、やはり火を使ったほうが楽しいですよね。


稲垣 ガス会社にとっては本当にありがたく、うれしい話です。私はガス会社にいながら料理もほとんどできないので、生活者の食に対する調査などをする時に、河村からは「そんなことも知らないんですか」と言われてしまいます。反省しないと。


河村 私たちガス会社は、左今さんのように火を使った料理をすばらしいと言ってくださるお客さまを大切にして、また、もっと多くのお客さまにそう思ってもらえるよう住環境を整え、火の料理がある豊かな生活をより一層、発信していかなければなりませんね。
業界に新しい風を吹き込んだ経営者としての左今さんが、とかくもてはやされるが、私はそこよりも、生活者に喜んでもらうために、生活者がリアルに望むものは何かを常に考え、提供し続ける左今さんの姿勢に共感した。
左今さんの名刺には、代表取締役とともに、"バイヤー"をいう肩書が記載されている。自分の目で見て、安いだけでなく、産地直送というだけでなく、良いものを適正価格でお届けすることを今も実践している。自分が正解だと思わない、だからどんどん違うと思ったことは違うと言って欲しいという左今さんと話していると、私たち東京ガスも、これまで以上に「謙虚さと熱意」をもってお客さまに接していけたらと思った。
今度、旬八を覗いたら何を買おうか。秋だし果物がよいか。ぶどう、梨、柿、りんご......、旬八はどんな品ぞろえをしてくれているだろうか。楽しみだ。


20181105-8.jpg 旬八青果店
株式会社アグリゲートが東京都内に展開する「地方と都市をつなぐ八百屋」。モノがあふれる時代だからこそ「旬の食材はなんなのか」「どんな人がどんな想いで作っているのか」「おすすめの食べ方はなんなのか」、そんな会話が私たちの食をもっと豊かにしてくれる。そんな想いから誕生した。
コンセプトは「新鮮・おいしい・適正価格」。旬にこだわり、全国各地、市場を回り、農家の方々が一生懸命育てたおいしい青果を、おいしい状態で都市の食卓に届けている。
URL:http://shunpachi.jp/


左今克憲氏 株式会社アグリゲート 代表取締役/バイヤー(写真左端)
東京農工大学農学部卒業後、アグリベンチャーを起業するにあたり、必要な知識経験を積むため総合人材サービスの株式会社インテリジェンスに入社、その後2009年2月にアグリゲートを個人事業として創業(2010年1月から株式会社化)。当初は農業生産法人の社長の付き人などを務め、業界慣行や業界動向をキャッチアップし、2013年10月からアグリゲートの事業経営を本格化、現在に至る。


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