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これからの「理想のわが家」は

 都市生活研究所では、生活者研究で明らかになった住まいや空間に求める価値やニーズをスケッチなどで具現化する「生活空間コンセプト」という研究を行っています。昨年は「40代のライフスタイル」としてまとめたレポートをもとに「40代の住空間研究」を実施しました。調査で明らかになった40代の実態を参考に、40代ファミリーを想定した一戸建て住宅を設計しています。この研究は、その世代の「理想のわが家」を探るものとも言えます。


 その設計した家ではLDKや浴室などの各部位で様々な提案を盛り込みましたが、ひとつ前のコラムでご紹介したような40代既婚女性の家事の実態に特に着目し、家事動線を重視したプランニングを行い、キッチンからも浴室からも近いところにユーティリティスペースを設けました。40代既婚女性は「ほぼ毎日お弁当作り」をし、「ほぼ毎日洗濯」をし、「夫はほとんど掃除をしない」からです。

自分以外の人のお弁当を作ること(既婚女性)

洗濯をすること(既婚女性)

自分の部屋を掃除すること(既婚男性)

ユーティリティスペースには洗濯機を置き、雨でも衣類乾燥ができるよう乾燥機を設置し、アイロン台も設けました。浴室の近くなので、入浴のときに脱いだ服をすぐ洗濯機に入れることができます。このユーティリティスペースがあれば、洗濯物を干しっぱなしにしても天気を気にすることなく、また室内干しでリビングや寝室のインテリアを壊すこともなく、時間が掛かる煩雑な「洗濯」という家事を一箇所で効率的にすっきりと済ませることができるのです。


が、しかし、この設計した家について40代の主婦に意見を聞く調査を行ったところ、ユーティリティスペースについては見事に「共働き」か「非共働き」かで、ニーズに差が出る結果となりました。非共働きの主婦には好評を博した一方、共働きからは「あまり欲しくない」と散々な意見だったのです。
理由を尋ねてみると、共働きの方に受け入れられなかった最大のポイントは、「洗濯物たたみやアイロン掛けを家族のいる場所でできない」「ユーティリティスペースで孤独に作業をするのはイヤ」ということ。共働きの主婦は家族とのコミュニケーションの時間が少なくなりがちなので、家事をやりながらも「子どもと会話したい」という思いが大変強かったのです。家事の効率化ニーズよりも、家族と仲良くしたいニーズが重視された結果となりました。


この研究では、他にも共働きの主婦からいくつかユニークな意見が出ました。
 ■家が広すぎると掃除がたいへんだから、あまり広い家は欲しくない
 ■室内が散らかっていてもあまり気にならない。家事が効率的にできる方がよい
 ■来客があっても特に部屋は片付けない。そんな余裕はない。
これまで「理想のわが家」というものは、「なるべく広い家」というのが一般的な常識だったように思いますし、「家の中が常に片付いている」というのも「理想のわが家」の一つの条件だったのではないでしょうか。それが現在、「子育て中の共働き主婦」にとってはそれほど魅力ではなくなっているようです。もちろんこれは調査に集まった数人の意見で、全体がそうなっているとはわけではありませんが、これまでの常識では測りきれないようなわが家像が出現してきています。
住宅設計をする際に考慮する条件としては、「家族人数」「家族の年齢」「家族構成」といったことがこれまでは重要だとされてきて、専業主婦か共働き主婦かはそれほど重視されていませんでしたが、変化しつつあるのではないでしょうか。


共働き世帯の数は1990年代半ばに専業主婦世帯を上回り、その後増加の一途をたどっています。


雇用者の共働き世帯の推移

そういえば、リビングの一部にキッチンを取り入れるようなオープンキッチンの間取りも、90年代半ばに普及が始まりました。オープンキッチンは炊事をしながら家族の様子が見えるのでコミュニケーションは取り易いものの、雑然としたキッチンが見えてしまうことや料理や食材のニオイが気になるというデメリットがあります。それでもここまで普及し、キッチンタイプの主流となったのは、共働きが増えているという社会的要因が、もしかしたら影響しているのかもしれません。


「理想のわが家」は、ライフスタイルやライフステージの多様化で、今後もますます変わっていきそうです。

伊藤 千春

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